ある晴れた月曜日の昼下がり…。
勤めるイタリアンレストランの一週間のうちの唯一の休みにあたる今日、
南向きの窓の前に座って手製のスコーンと紅茶を並べて、破綻のない小説を読むのが何よりの楽しみ。
暖かい陽気に包まれるこの瞬間は仕事の疲れを忘れさせてくれるもので、毎週変わらない休日の過ごし方。
ただ今日はいつもと違う。
先ほどから随分長い時間、黙然とした刺すような視線を感じているのだ。
私が窓を背もたれに文庫を読み、視線を送る男は窓から少し離れた二人がけのソファに横座りして
背もたれに肘を掛けてこちらを静かに見下ろしている。
その視線には敵意もなければまして殺意もなく、ただぼんやりと見つめられているのだ。
そう、ただただ黙然と。
その視線を私に向けるのは、この池袋でも最強と恐れられている平和島静雄。
小学校から腐れ縁の幼馴染の私たちは、高校卒業後以来どちらも忙しくて連絡をとることもなく過ごしていた。
まぁ、もともと連絡を取り合っていたわけではなく、下校が一緒になれば寄り道をして帰ったし、
街で会えば一緒にクレープを食べるくらいのそれくらいの仲なのだ。
静雄と再会したのは、ちょうど2年前。
私が専門学校を卒業して就職した、池袋の片隅にある知る人ぞ知る小さなイタリアンレストランが
トムさんの行きつけのお店で、そこにはもちろん静雄も来ていて、本当に偶然に私たちはしたのだ。
“見習いシェフとお得意様の用心棒”という新しい関係で、2年ぶりのあっけない再会を。
そう、ただそれだけ。
でもおもしろいことに、再会後、静雄とは今までの会えなかった日々を埋めるように性急に時間を共にした。
うちの店の定休日に合わせてトムさんが静雄に休みをくれることもあって、今ではこの通り。
毎週月曜日、静雄はうちに来るようになった。
そうして今、私は月曜日入り浸り男…通称静雄からの視線にどうしたものかと考えあぐねているのだ。
気づいていないとでも思っているのだろうか。
気になって気になって、読んでいる内容が全く頭に入ってこない。読んだはずのページを何回往復させれば気が済むのだろう。
妙に緊張して、お気に入りのスコーンにも手が出せないではないか。
もう小一時間こんな状態が続いている。
さすがに疲れてしまった。どうしようか。気になるその視線の理由を聞いてみようか。
「ねえ、静雄…」
文庫にしおりをはさみながら顔をあげて視線を合わせると、静雄はようやく我に返ったように二、三度瞬きを繰り返した。
「私の顔になんかついてる?」
一度私から離れて己の手首に向けられていた視線が、もう一度私に向き直る。
得意のサングラスも月曜日はテレビの上のメガネ立ての中。
我が家で毎週火曜日に洗濯される灰色のVネックのシャツからは普段は隠されている鎖骨が綺麗に見える。
「いや、なんも付いてねぇ」
そう呟いた静雄の視線はやっぱりどこかぼんやりと私を捉えている。
「………そう。」
こうも冷静に返されるとどうしていいかわからない。
なにもついていないのならば、あの視線の意図はいったい何だというのか。
そう思いながらも彼から眼を逸らせられない私に向けられていた静雄の視線が、静かに離れていった。
「………コンビニ行ってくる。」
そう紡ぎながら立ち上がる静雄の横顔から見えた頬は少し赤くて、眉間に微かにしわが寄っていた。
テ−ブルの上の長財布を片手にリビングのドアに手をかける静雄の後姿を見ながら、
今の横顔と、先ほどの視線が頭の中を支配していく。
―――カチャッ
待って。
私の顔になんにもついていなかったのなら、なんであんな視線を送る必要があったの?
だって、あの視線…あれはまるで…
「し、静雄…!」
予想以上に大きくなってしまった声に体温がほんのちょっと上がった気がしたけれど、
急に立ち上がった私の膝から大好きな作家の文庫が床に落ちていったけど、気にしていられない。
声をかけられた本人は耳を澄ますようにわずかに頭だけをこちらに向けたけど、表情は見えない。
むしろそれがありがたい。
「あんた…」
私が無意識に静雄を目で追ってしまうことと、無意識に視線を向けてしまうことと、あの視線は同じじゃない。
「私が好きなの?」
言ってから、先ほどとは比べ物にならないほどの体温の上昇と、鼓動の高鳴りを感じた。
思えばなんと恥ずかしいことを幼馴染に言ったのだろうか。
今の一連の流れを消去したい衝動に駆られながら、手の甲を頬に当てて熱を確認する。
静雄が向こうを向いていることに心底感謝した。今の私は言うなればお節料理に出てくる酢ダコくらい真っ赤だろうから。
「………っ」
ふいに聞こえた息を呑む声に視線を向ければ先ほどと変わらない佇まいの幼馴染。
むしろ動きが止まっていると言ったほうが正しいのかもしれない。
キレることが普段の生活では他愛ないことである静雄が、動揺して硬直してしまっている。
初めて見るその姿に無性に嬉しくなる自分がいる。
我慢することをやめてしまった静雄は本能的でとても人間らしいけれど、
その体質から成る過去故、その他の感情に関してはとても臆病で勇気がない。
でも孤独になれない。あきらめきれない。捨て切れない。
そういう男だ。
うん、知ってる。
だから私があげる。
感情と向き合う勇気も、
人とつながり合うことの暖かさも、
誰かから愛される悦びも、
静雄が捨てきれなかった、見つけきれなかった感情を、
全部見つけてあげるよ。
「……………」
少し長い沈黙。
いったいどんな答えを考えているのだろう。
「―――――かもな」
先ほどよりも身体をこちらに向けた静雄は口元しか見えなくて。
でもその口元が弧を描いている事実が何よりも胸に響いた。
今の言葉が、決してからかいやその場しのぎの言葉ではなく、
『本当にそうかもしれない』という響きを含んでいることは間違いなかった。
再びリビングから出ていこうとする静雄の背中を追う。
そんな曖昧な言葉で終わらせるのは反則だ。
当の昔からあんたに惚れこんでいる私はどうしたらいいというのだ。
窓
越
し
に
感
じ
る
日
差
し
は
あ
な
た
の
温
も
り
に
よ
く
似
て
い
る
「私もいくよ」
さあ、まずはあなたの手を取って、恋人つなぎをしようか。
それから一緒に夕食を作って、やわらかな午後の日差しに当てられたふかふかのベッドで一緒に寝るの。
うん、それがいい。ただそれだけで私たちは充分満たされる。
言葉は今度改めて……ね、静雄。
end
20100401 内田
DRRR企画サイト『COLOR×GAME』様へ愛をこめて