C O L O R  ×  G A M E

バンの助手席で本のページをめくっていた京平は、頭上から聞こえてきた歌声につと顔を上げた。
・・・といっても目に入ったのは車の天井で、声の主は見えない。
拳で天井をゴンっと叩いてみるが、歌は止まらず。


「・・・おい、声がでかい」


苦情を申し立てると、少しだけ声のボリュームが下がった。
京平は大きく溜息をつく。
・・・ただボリュームを下げればいいってもんじゃないのだ。

窓の外でリズムを取ってる足をじろりと睨んで、京平は本を閉じた。
ついでにライトも消す。
するとそこで歌が止まった。

嬉しそうな声が降ってくる。


「お、暗くなった」
「・・・そんなに変わらんだろうが」
「変わるよ、かなり違う」
「・・・どんな目してんだ」


呆れ気味に言って狭い助手席で伸びをした。
ずっと本を読んでいたから、筋肉が強張っている。


、足どけろ」


言うとブラブラ揺れていたふくらはぎがひょいと浮き上がった。
ドアを開けて外に出る。
梅雨明けきらぬ湿気の多い空気がもあっと身に纏わりついた。


「車の中、暑くないの?」
「暑い」
「・・・だったら外で読めばいいのに」
「暗くて字が見えない」
「そお?読めないこともないと思うけど・・・」
「見づらいだろうが。目が悪くなる」
「じゃあ空を見上げなよ」


は笑いながら言う。


「星の数でも数えたら・・・目にいいんじゃない?」
「馬鹿、星なんて見えるか」
「まあ都会の夜は明るいからねえ、限界があるけど」


それでもちらほら光ってるよ、と目を細める
バンの扉に寄り掛かりながら、京平は腕を組んで空を見る。

薄い雲の向こう側に、ちかりと光っている一つの星が確認出来た。
・・・もそれを見てるのだろうか。


「・・・お前はずっと飽きずに空見上げて、何を見てる?」
「何って・・・空だけど?」
「・・・星も見えない都会の夜空を、か」
「私に見えないだけで無数の星が光ってるって思うと、それはそれですごく楽しいよ?」
「・・・」
「それに雲の動き見てても楽しいし」


本人が楽しいと言うのだから、何も言うまい。
上ばかり見上げて肩は凝らないのかと言うしょうもないお節介も止めておく。
・・・どうせ言ったって聞きはしないのだ。

京平が黙ると、はでも、と付け加えた。


「今日くらいは天の川が見たいね」
「・・・それこそ無理だろうが」
「とぐちゃんに言えば、見えるとこまで車走らせてくれるかな?」


現在買い出しに出ているバンの運転手にねだる気だろうか。
こいつは本当に言い出したら聞かないから、京平は少し渡草に同情した。


「・・・あんまり我が儘言うなよ」
「んー・・・ま、いっか」


素直に引くに京平は少しばかり首を傾げる。


「おい・・・どうした?」
「・・・?何が?」
「お前が我を通さないなんて・・・珍しいにも程がある」
「・・・酷いなあ」
「折角の七夕だぞ、雨を降らすなよ」
「地上の雨なんて、空には関係ないよ」


がおかしそうに減らず口を叩く。
そうして都会では見えない天の川にじぃっと目を凝らして、呟いた。


「しっかし織姫と彦星は気の毒だよなあ・・・毎年思うけど」
「まあ・・・1年に1回しか会えないのはな」
「私だったら我慢できないね、会いたいって思ったら泳いで川渡っちゃう」
「・・・どれだけアクティブな織姫だ」


京平がげんなり言い返すと、は唇を尖らせる。


「だって会えても川越しだよ?会うなら、すぐ傍がいい」
「向こうも泳いで渡ってきたらどうするんだ?すれ違っちまうぞ」
「・・・うーん、それは困る」


やや会話がズレ始めているが、双方とも至極真面目な顔であった。


「でも・・・見つけられるんじゃないかな」
「・・・どこからその根拠は生まれる」
「根拠はないけどさあ・・・」


は空を見上げるのを止め、ふっと辺りを見渡す。
細い路地の先には行き交う人々。

バンの屋根に座っているは、少しだけ高い目線にぱしぱしと瞬きした。


「私たちは、今日会えたもの」


は、と思わず顔を上げると、悪戯っぽく笑ったと目が合った。


「会おうって約束してたわけじゃないけど、この人だらけの街中で見つけられたでしょ?」
「・・・」
「だからまあ・・・星々の川の真っただ中でも、会えるんじゃない?」


楽観的すぎる思考だ。
・・・だが悪くない。


「・・・お前はあんまり動き回るなよ。程々にしとけ」


探す方はそれなりに大変なんだ・・・とは言わない。
それでも釘を差す京平。
言っても聞かない、思い立ったら即行動のは空を見上げて、からりと笑った。


「大丈夫、私は私の会いたい時に会いに来るから」
「・・・何が大丈夫なんだか、皆目不明だ」
「んー、会えるのは年に1回なんてことはないってこと?」


根なし草がよく言ったもんだ。

京平は今日何度目かの溜息をつく。
は幼馴染の気苦労も知らずに、また歌い出す。
歌声がビルの谷間の細長い空に吸い込まれる。

と、離れた場所から声が聞こえてきた。


さん〜、声デカすぎっすよ」
「通りまで聞こえてきたよー?」


遊馬崎と狩沢がコンビニの袋を引っ提げて路地の向こうからやって来る。
はバンから飛び下りてのたまった。


「あっは、いい声だったでしょ?」
「どこの子供が歌ってるのかと思ったぜ、童謡なんて」


バンの持ち主が顔を顰めてるのは、まあ愛車の屋根に土足で上がってたからだろう(かと言って、靴を抜げばいいってわけでもない)。

やいのやいの騒ぎながら、各々バンに乗り込む。
しばらくして車は走り出し、路地裏は静けさを取り戻した。
人の雑踏が波のように遠くさざめく。






Milky Way


  幾億もの星屑の中に光る一粒の願い / 20100707