窓全開、風鈴の心地良い音色に耳をすませながらスイカにかじりつく、これもまた一興。「・・・オッサンくせえな」「うるさいな」 だけどそんな束の間の安らぎもこの、池袋最恐(もっともおそろしい)と謳われるこの男、平和島静雄によって滅ぼされる。

「滅ぼされるって、誰もまだ何もしちゃいねえだろ」
「あーもう、ほんとうるっさいなあ、ちょっと大袈裟に表現してみただけ」
「・・・お前ほんと、無駄な事好きだな」
「はいはい黙って、静雄くんあっち行ってセルティとでも遊んできなさい」
「子供の面倒見るのが面倒くさいだけの母親かお前」

真夏の太陽というものは灼熱という単語が良く似合い、容赦なく私達を苛ませる。何が言いたいのかというとつまり、暑いのだ。私はタンクトップにショートパンツというラフな格好であぐらをかき、うちわを片手にぱたぱたと扇ぎながら、セルティ宅でスイカをご馳走になっていた。そこにずかずかと予期せぬ客(平和島静雄)がやってきたと思えば、顔も合わせない内に“オッサンくさい”と言われた。セルティは居ないものか、居るならこの邪魔くさい金髪バーテン服をどこか追い出してはもらえないだろうか。

「セルティならさっき出かけたぜ」
「・・・えええ」
「んなあからさまに嫌そうな顔すんなよ」
「じゃあ嫌な事言わないでよ」
「嫌な事ってお前・・・事実なんだからしょうがねえだろ」
「あーもう、ああ言えばこう言う!あっち行って静雄くん!」
「お前それが自分の彼氏に対する態度か!?」

うぐ、と私は言葉に詰まった。(というかスイカが喉に詰まった) よくよく考えてみれば今の言葉の数々の前に、このタンクトップ一枚プラスショートパンツというだらしなさマックスな服装、それに加え堂々とあぐらをかきスイカにかじりつくという行為は到底、花も恥らうお年頃はとうに過ぎ去ったとはいえ女の子が恋人の前でするものじゃない。「お前付き合いだした頃どんだけ猫被ってたのか良くわかった」「はは、そりゃどうも」 猫を被りたくもなるだろう、あの天下無敵の平和島静雄の好みのタイプがまさか年上の綺麗で大人しい女の人だとは誰も思わない。

「ていうかじゃあ別れればいいじゃん」
「あー、5時だ。夏祭り行くぞ」
「・・・話噛み合ってないよー静雄くーん」
「ほら浴衣持ってんだろ、着替えろ行くぞ」
「おーい、私の話聞いてるー?そもそも着付けの仕方わかんないよー」
「んなもん適当でいいだろ、あーもうめんどくせえ、そのままで良いや行くぞ」
「んー・・・えええ これでいくの!?ほんとにいくの!?いきなり!?」

ぐいぐいと私の腕を引っ張る静雄とは反対の方向へと体に力を入れ、“嫌だ”と全身で訴える。しかしこの男に力で適うはずもなく、そしてこの男が彼女だからとかそういう理由で手加減してくれるわけもなく、私の身体はふわっと勢い良く宙に浮かび、それからはされるがままに公園へと引っ張られていった。美しい夕日を背に、食べかけのスイカ片手に手を繋いで(と言っても私が一方的に引っ張られてるだけ)疾走する私達を、振り返った人はきっと数知れない。そしてその美しい夕日とは裏腹にロマンチックの欠片もない。果たしていつから、私達はこうなってしまったのか。

「まだちょっと早かったみてぇだな」
「・・・疲れた。静雄くん引っ張りすぎ早すぎ力強すぎ、それと手痛すぎ」
「お前今日良く喋るな」
「・・・ごめんね、好みのタイプじゃなくて」
「あ!?誰もそんな事言ってねえよ」

猫を被るのに疲れてからというものの、こんな会話しかして来なかった気がする。最初、静雄の驚きようといったらそれはもう凄まじいものがあったが、、それもその内慣れたのかそんな素振も見せなくなり、次第には私への扱いも当初よりサバサバしたようなものになり、それは彼女に対してというより男友達に対するような態度になった。別に嫌な訳じゃない、だけど静雄にとってはどうなのか。こんな、年上という以外に何も彼の好みに値しないような女と付き合ってて、楽しいのか。

「あのう、すみません」

ふいにつんつん、と静雄の肩を綺麗な浴衣に包まれたひとりの女性がつついた。なんというかこう、見た目からして大人しそうだ。つまり、静雄が好きそうな女の人。最初静雄は少し困った風に私の方を見たが、それを見えてないとでも言うかの様に私が目を逸らせばすぐに、なんですか、と紳士的な対応をした。なんて可愛くないの、私。

「あの、金魚が欲しいんですけど取れないんです。手伝ってくれませんか?」
「ああ、いいですよ」

タンクトップにショートパンツ、綺麗な浴衣に髪飾り。おまけに美人で穏やか、そして言う事がなんというかこう、いちいち男心をくすぐる(多分)。私だったら金魚なんかまず、欲しがらない。静雄だって黙っていれば普通の好青年だ。誰がどこからどう見てもお似合いのそのツーショットに、私はなんだか立場を失った様な気分になり、ふらっとその場から消えた。もちろん、静雄とは目も合わせていない。














はあ、とひとつ溜息を吐き、私は食べ終わったスイカをゴミ箱へと放り投げると、その辺の花壇に腰掛けた。座ればとたんにあぐらをかき出す癖を、やめろと静雄に言われてから少しずつ改善してきたが、やはりたまにやってしまいたくなる衝動を必死に抑える。しかし今更どうして静雄の言う事を素直に聞いているのかという疑問が浮かび、次第にそれがたまらなくどうでもよくなり、私は花壇の上であぐらをかいて無意識に空を見上げた。6,7時頃だろうか、空は瑠璃色に近い色に染まり、なんというかちょっとロマンチックだ。(私にロマンチックが理解できるのかどうかは怪しいが)

「あれえ、ちょっとそこのセクシーなお姉さん、ひとり?」
「・・・はい?」

決してセクシー、と言われて反応した訳ではない。今時こんな、殺し文句のような台詞を吐いてナンパをするアホな輩がどんな男かと、ちょっと一目見たかったのだ。それがまさか自分に対して言っていたものだったなんて。

「ん〜良い足してんのにひとりとか勿体無い、どうよ夏祭り俺と回んない?」
「いや、結構です私、連れが居たような気がするんで」
「え〜何そのあいまいな記憶。そんな奴居ないでしょ、俺と回ろうぜー?」

ニヤニヤゲヘゲヘと人の足を見て鼻の下を伸ばす男は最低だ。こんな格好で夏祭りなんかに来る私にも問題はあるのだろうが、私は少し不機嫌になった。その気色悪い男を無視して立ち上がり、その場を去ろうとすると、名前も知らないその男はすぐさま待てよ、とへらへら笑いながら私の腕を掴み引き止める。そんな、汚い手で触らないで。

「離してください」
「おいおい、そんな睨むなよ〜お姉さん、それにしても綺麗な足してんねーえ」
「え、ちょ、っ触んないで!」

少し距離を縮めたかと思えば、この下品な男はショートパンツから惜しまれる事なく晒されている私の太もも辺りをべたべたと、これまた下品に撫で回し出した。背筋が凍る思いで必死に振りほどこうとするが、腐っても男と言う事だろうか、力がまったく適わない。警察、警察はどこか巡察とかしていないものかと辺りを見回すものの、それらしき人物は微塵も見当たらず、代わりにイチャイチャと甘い雰囲気を作る数々のカップルと、こちらを面白がってケータイで写真を撮るうざったい輩が見えた。ああ鬱陶しい、イチャつくなお前ら、写真撮ってないで助けろ。

「ドーン!」
「ぅぐはッ」

突如目の前の男が吹っ飛び、かわりに目の前に飛び込んできたのはまさかの静雄だった。こんな馬鹿な彼女、まさか助けてくれるなんて思わなくて少し泣きそうになる。静雄渾身の飛び蹴りにより、どこまで吹っ飛んだのか分からないくらい(つまりもう姿が見えない)あの男はきっと、多分確実に意識を失っているだろう。あんな事をされた後だとは言え、少しだけ同情心が沸いてきたのは内緒だ。

「お前馬鹿か」
「うるっさいな」

もはや年上の彼女に対してとは思えないようなその態度に、何故だか少しだけ涙が出そうになるくらい安心した。昼間“別れればいいじゃん”とか言ってた自分が恐ろしい。

「どこ行ったかと思った」
「だって誰かさんが違う女の子と良い雰囲気作っちゃうから」
「ぶっ、お前嫉妬とかそういう可愛い事も出来たんだな」
「なっ!別にそんなんじゃないし!」

「・・・あ、ねえ〜あの人だよ、さっきあの金魚すくいの屋台、半壊させたの」
「ええっ、やだ、こわ〜い」

静雄に食い掛かろうとしたその瞬間、そんな会話が聞こえた。「・・・し、静雄くん?まさかとは思うけど」「うるせーな、しょうがねえだろ屋台のオッサンむかついたんだよ」 どうやら静雄は、何があったか詳しくは知らないが、屋台のおじさんの何かが気に障りその屋台ごと破壊してしまったらしい。それでもひょうひょうとしている静雄の神経はどうにかしている。そんな私の顔を見て、静雄はばつが悪そうにがしがしと頭をかいた。それはそうと、一緒にいたあの女の子はどうしたのか。まさか怪我を、「んな訳ねえだろ」「あ、そう・・・」 なら深くツッコまない方が良いのかもしれない。

「おい、お前金魚欲しいだろ」
「は、急になに、別にいらないし!」
「取ってやるから来いよ」
「人の話聞いてるかな静雄くん、ていうかさっきあんたが半壊させたでしょその屋台」
「夏祭りだぞ、金魚すくいの屋台が一個しかねえ訳ねえだろ」

そう言って私の意見などには微塵も耳を貸さずに、彼は私の腕を掴むと、ずかずかとそのまま引っ張って行った。行動こそ乱暴だが、私はなんだか暖かいものが、心臓の辺りをふわふわと包み込むような感覚がした。この人が尚も私と一緒にいてくれる理由は分からないけれど、私が一緒に居たいという想いが独りよがりのエゴでない事を願おう。そもそも、例え屋台がもうひとつかふたつあったとしても、つい先程ひとつ半壊させたこの平和島静雄様を迎え入れてくれる金魚すくいの屋台なんか存在するのだろうかと、私の頭をぐるぐると駆け巡るこの疑問はそっと胸にしまっておいた。

、お前どんなやつが欲しい?」
「・・・んー、金色のやつがいい」
「あ?んなの居んのかよ?」
「静雄くんみたいな金色のやつがいい」

え、と目を見開いてこっちを振り返る静雄は、少し頬が赤かった気がする。柄にも無い事を言ったかもしれない、と私も少し恥ずかしくなってしまったが、くくく、と静雄が笑い出せばそんな恥ずかしさもどこかへ吹っ飛んでしまった。喜んでいるのだと、勘違いしても良いのかな。

「任せろ、俺が取ってやる」



瑠璃色の空の下で笑う黄金色の髪をした彼は、やっぱり最高にカッコイイ。