| C O L O R × G A M E |
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どこまでも広がる真っ暗闇と、そこにぽつぽつと灯る明り。人の気配を感じさせない、ただ静かで穏やかなその空間にぎしりと足を踏み入れて、やけに響く水の音に耳を傾けた。 (・・・こんな時間なのに) 目の前にある噴水と、その向こうに見えた金髪にバーテン服の男―――平和島静雄。 ゆっくりと彼に近づくにつれて、次第に強くなったつんと鼻に来る不愉快な匂い。 煙草だ。 「・・・くっさ。癌になるよ、それ」 「・・・!? なんだよ、か」 突然声をかけられて驚いたのか、静雄は一瞬だけ目を見開いた。しかしそれはすぐにいつも通りの仏頂面へと戻り、ふ、と彼は煙草を吹かす。 「・・・」 もくもくとこちらへ流れてきた煙に、私は顔を顰めた。周囲への配慮をまったくしないその行為が、とてつもなくうざったい。 私は何も言わずにそちらへと数歩歩み寄ると、彼が腰かけていたベンチに腰をおろした。 三十センチほど、距離をとって。 「どうしたんだ、こんな夜遅くに」 「・・・こっちの台詞です」 「・・・」 乾いた彼の言葉に、私も無愛想な言葉を返す。 ひゅう、と吹き抜ける柔らかな風に揺られて、さわさわと髪の毛が頬を叩いた。それと同時に、先程から静雄が吹かしていた煙草の煙も、風を伝ってふわふわと流れてくる。 鼻を掠めたその匂いに、私はまたしても苛立ちが募った。 「どうしたの」 「・・・何がだよ」 「だって静雄、」 くるりと横を振り向いて、遠くを見つめる彼の横顔を、見つめる。 「私の前で煙草なんか吸わない」 ぴたりと静雄の手が止まり、それから彼は視線だけをつう、とこちらへ向けた。絡んだ視線からはお互い、何も伝えてはいないし伝わってくる事もない。尚もたち上がり続ける白く濁った煙は、深い空の闇へと吸い込まれて溶けた。 そして、消えた。 いつかそれらが、頭上に広がる真っ暗闇を白く塗り替えてくれやしないかと、そうすれば世界はもう少しだけ明るくなるのではないかと、馬鹿な事を考えた。 「・・・そう、だな」 一瞬、心を読まれたのかと思い私はびくりと肩を震わせたが、良く考えればそれはつい先ほど言った私の言葉に対するものであった。 「・・・」 視線だけを絡ませたまま、暫く沈黙が続く。それから静雄は、煙草を挟んでいた指先の力を、するりと抜いた。うっすらと火のともるそれは、白い煙を纏いながら重力に引かれるがままに、ぽとりと地面に落ちる。 無意識に視線で追っていたその煙草を、今度は静雄の足がぐしゃりと踏みつぶした。 火と煙両方が消えて、灰が残った。 「・・・ポイ捨て」 「・・・あ」 そう指摘された静雄は、力なく声を漏らした。それから片手を頭の方へと持っていくと、あー、と唸る。やってられない、とでも言う風に。 (まったく、何をやってられないんだか) 私は、ふう、とひとつ溜め息をついてから、暗い闇に向けて言葉を綴る。彼の方を見なかったのは、寂しかったから。 「私じゃ、なにもできないの?」 「あ゛?」 言い終わると同時に俯いた私を、静雄は訳が分からないとでも言いたげな目で見つめた。とっさにふるふると頭を振り、片方の耳にかけてあった髪の毛で顔を隠す。さらり、と流れてきたそれで、静雄と私の間にうっすらと壁ができた。 歩み寄りたかったのは私の方だというのに、こうして壁を作るのも私。一体、何がしたいんだか。 「・・・何言ってんだ、お前」 「だって」 真夜中にひとりで、家にも帰らないで、こんな場所でぼうっと座って何を悩んでいたの。 ふと視界に入った煙草の灰が、ひゅう、と吹き抜けた風に踊らされて宙を舞う。同時にふわりと髪が揺れて、その向こう側にいた静雄と目が合った。 「だって、なんだよ」 急かすような、責めるような、静雄の口調に涙が出そうになった。 「私は、煙草より頼りないの?」 サングラスの向こう側の瞳が、一瞬だけ見開かれた。「え、」 喉から吐き出された静雄の声が、鼓膜を伝って心臓を揺らす。それはどくん、と一度だけ大きく跳ねたが、 私は怯むこと無く彼を見つめた。そうすれば今度は、すう、と彼の目が細められた。 サングラス越しでしか見えないその瞳に、少しだけイラついた。 「これ邪魔」 「いっ」 「・・・ってぇ」 ばし、と彼のサングラスをはぎ取った私を、静雄は恨めしそうな目で見る。暗闇の中でちらつく小さな光たちが、褐色の中できらきらと輝いていた。 私ははぎ取ったサングラスをぽいっと地面に転がす。カラン、と音を立てたそれを、静雄の裸眼が追いかけた。ちッ、と舌打ちが聞こえた。 「なんだお前、隠したり引っぺがしたり、何なんだ」 「今質問してるの私だよ」 ぎろりと睨まれたものだから、仕返しにこちらも睨み返す。あの平和島静雄が鬼の形相で睨んでいるのだ、怖くない筈がない。だけど私は折れない、負けない、だって寂しかったんだもの。ぎゅう、と唇を噛み締めた。 「・・・ったく、ああもう、何なんだクソッ」 そう言って勢い良く彼の右腕が伸びてきたかと思えば、そのまま私の左肩を固定され、金色の頭が飛び込んできた。 「うああ何」「あーうるせえいいから黙って胸貸せ」 ぐ、と胸部に押し付けられた彼の頭。ちくちくと鎖骨の辺りに刺さる彼の髪の毛がくすぐったい事も気になるが、何よりどくどくと跳ね狂う心臓がこのまま破裂して死んでしまわないかが心配だった。 「・・・静雄がこんな変態だったなんて知らなかった、絶望した」 「てンめっ、違ぇよ、・・・心臓の音、聞くと落ち着くって言うだろ」 ぼそぼそと呟いた静雄の耳たぶが赤く染まっていて、私は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。左肩を掴むかれの右腕に、ぐ、っと力が更にこもる。小さく見えたその大きな体が愛おしくて、わしゃわしゃと頭を撫でた。「んだよ」「なんでもない」 普通なら男女逆なんだけどな、なんて思いながら可笑しくて、けらけらと声を上げて笑った。 「ああもう、静雄でかい重い痛い」 「うるせぇ、おめえがちっせえんだ」 ( 寂しかったのは彼か、私か ) |
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